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本質的な思考とは?
東京都現代美術館でカルティエ現代美術財団のコレクション展が行われています。



そこで展示されている「ケルヴィン40」という名前のジェット機は、あのauデザインプロジェクトから生み出された「talby」でもよく知られているマークニューソン氏が制作したものです。

現代美術のコレクションにジェット機。しかも、その開発をケータイのプロダクトデザイナーが!と聞くと非常に奇異に聞こえますが、もちろんニューソンはただの「プロダクト」デザイナーではなくアパレル、旅客機の内装、インテリア、スタジオ・・など様々な意匠を独自の価値観によって手がける表現者であり、いわば自由人です。

とは言え、彼の活動を描いたDVDなどを観ても、例えばジェット機の設計と制作に於いて発揮されるプロフェッショナリズムは半端なものじゃありません。全体工程からボルトの細部まで終始徹底してデザインをします。

で、もうこうなってくるとデザインとアートの境界線なんて、本当にどうでもよくなってきます。そもそも、その境界線をことさら最初から前提条件的に存在するように、それこそある種の不可侵条約として固定的に捉える考え方自体がナンセンスなんだろうと思います。


スカルプチャーデザインから日本の寺院のリデザインまで手がけるトーマスヘザウィックなんて人もいて、

この人なんかもニューソンと同じように、美術・建築・工芸・工業・思想といった既存の領域をなんら意識せず、自らの価値観を描き出すことができる自由人だと思います。

それをわざわざ「自由」と観てしまうことじたいに思考の制約を感じつつも、やはりそういった自由闊達を素晴らしいと思います。

ビジネスというと、お金のことをまず考えますし、出版というとまず本のことを考えます。
アートというととにかく作品のことを考えますし、建築というと建物のこと、そして思想というと思想そのもののことをついつい考える対象にしてしまいがちです。


対象となる物そのものを最初から思考の中心についつい据えてしまう短慮。結論を急いで、目の前の事柄を頭の中でなんとか片続けようとする拙速。これを強く戒めたいと思います。そういった姿勢では物事の本質的を深く捉えるようなアプローチはできません。

気がつかないうちにいろいろな仮説を定説として打ち立ててしまっていることの弊害を強く感じています。
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