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リヒターの「写真論/絵画論」を読む。
ゲルハルトリヒターの「写真論/絵画論」について書いた。



ただ、「書いた」とは言っても、その内容とか、そのテーマとか、あるいはその成果とかそういうことではなく「その本を読み終えることができない」「それはナゼなんだろう?」と、いうことについて書いた。

ある本が読み終えられない。しかも、凄くいい内容で、役立ち、感動的な本であるにもかかわらず読了できないということは、なかなか妙なことだ。
実は、意外と単純に「読み終えることがもったいない」のかも知れない。

でも、そのことをもう少し掘り下げると、本を読むという行為が、単純に「あるデータをハードディスクからハードディスクにコピーする」といったようなことではなく、何らかの体験性、エキササイズを含んでいることを実感できる。つまり、そこには何か化学反応のような相互作用があって、読む前と後では明らかにどこかが変化しているのだと思う。

特にこの本は、1972年から2004年という長きに渡った対話集であり、その訳出の平易さもあって、リヒターの信念とか逡巡とか、そういった批評集ではなかなか語りきれないような直截な言葉が、しかも「対話」というやりとりのなかから浮かび上がってくるので、正直魂を揺さぶられてしまうのだ。少し恥ずかしいのだけど、ちょっと涙腺が緩んでしまう本だと言える。

でも、何かそういう涙腺を緩めるような記述や演出があるわけでもないのだ。実に言葉にしづらい繊細な領域が、こうして明快な言葉として引き出されていると何か身につまされるものがある。少なくともアイロニカルな姿勢ではなく、しかも旧態依然の時代回帰ではなく、真正面から美術を行為する生き方っていうのがやり方次第では貫けるということに対して、心が揺さぶられる。

少し心配なのは、余りに称揚しているので、なんだか盲目的に神格化しているという風に受け止められてしまうことだ。これは自分の表現力の稚拙さなのだけれども、どうも感情移入してしまうと贔屓の引き倒しのようになってしまう傾向がある。あるのだけども、少なくともここで書いたことは実感だし、それなりに時間を経て感じ取ったことなのです。

 「ゲルハルトリヒター 写真論/絵画論 読み終えることの無い本」
 http://rblog-biz.japan.cnet.com/takahito/2006/06/post_1cfe.html

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