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本当の競争優位は見えにくい。
今日は深夜まで、某池袋で働く社長さんとの食事会でした。その社長さんの会社は昨日ヤフー!ニュースで「女子学生向けのケータイメディアが15億PV超え」というトピックスで、一躍注目を浴びたところです。もう、かれこれ2年越しのお付き合いで、新進ケータイベンチャーとしての進化の渦中を共に経験させていただいてます。

で、こういった突っ込んだ意見交換の中で、いつも強く感じてしまうのは、会社の成長発展のスタイルそのものが、もはや「勝敗」や「シェア拡大」という志向性ではなく、むしろ「循環」とか、「生態系」、「役割分担」、「相互補完」といった文脈に大きくシフトしているのでは?と、いう感覚です。
また、それにともなって、競争のスタイルも「カルチャーによる棲み分け」「価値観によるポジショニングの差異」「ニッチ棲息領域の発見と増殖」のような、環境適合型に移行してきているという印象があります。


なかでも非常に心に残ったのは、

「山を造るな、穴を埋めろ」

と、いうフレーズだったんですが、特にIT系ベンチャーだと、必要とされない幻想の「山」を構築することにひたすらまい進するケースが多いですよね。でもって、市場のニーズからどんどん乖離してしまう・・。逆に、凸凹を見出しその穴を埋めていく仕事。これは明らかにニーズ性がありますし、付加価値も明確=独りよがりにならない。しかも、常にあちこちに発見できる。
さらに販売コストも低減可能。なので、これはビジネスの常道をとてもシンプルに表現した至言なのではないか?と思います。しかも、これって、養老先生の言葉なんですよね( from 超バカの壁)。死体と向き合うことで、こういった言葉が紡ぎだされること自体に既に味わいがありますね。


本当の競争優位は、メディアが決して取り上げない「見えないところ」にあったりします。

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赤坂に移転します。
今日は、ネットエイジキャピタルパートナーズの金子さんと赤坂でランチ・ミーティングをさせていただいたのですが、なんと偶然お隣の席にあのアルファブロガー、シックスアパートの平田さんがいらっしゃってびっくり!
そう言えば、シックスアパートの母体ネオテニーさんはこのご近所でした。リアルソーシャルネットですね。早速マイミクさんをマイミクさんにご紹介する感覚で名刺交換(笑)。案外地の利っていうのも大切なんだよね〜・・なんてことを改めて実感したのです。

デジタオは今週水曜日から赤坂で営業します。前よりも全然便利になるのでお近くにお立ち寄りの際はぜひ遊びに来て下さいね!
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寿命の限界と人生のマーケティング
中川いさみの漫画に「すぐ死んじゃう星人」というのが登場する。

彼らは、常に地球侵略を企んでいるのだが、なにせ寿命が短い上に突然死する傾向が強く、なにかと言うと地球侵略作戦の最中にぽっくり死んじゃって、侵略計画は台無しになってしまう..。

地球人の寿命は、特に先進諸国では統計上ほぼ100年程度で倍増しているので遺伝子治療やクローニングなどの医療技術が進むと、それこそ百年後の未来人にとって現代人の様子はすぐ死んじゃう星人さながら..って感じに見えてしまうのかも知れない。

そもそも、寿命とか老化というのも余り科学的に解明がされている訳でも無さそうなので、その辺り、まだまだ改善の余地はありそうだ。

さて、寿命が延びる可能性が開けるとして、ココロからそれを希望する人たちがどの程度いるんだろうか?

僕の尊敬するマービン・ミンスキー教授は250年程度は欲しい!というようなことをどこかで語っていたのだが(彼の知性と行動力、バイタリティを考えると500年あっても足りない?)むしろ「早く死にたい!」「いい加減勘弁して欲しい..」「そろそろおいとました〜い」なんて人も大勢いそうだ。その辺りの個人差はひどくあると思う。

過去の満足感(あるいは欠乏感)と未来への期待感を推し量って、どの程度の未来価値があるのか?っていう(暗黙の)計算をした時に、その先の生き方、生きていく体勢についての意志・意欲とか、前向きさが変わってくるのかも知れない。

そう考えると、人生もやはりマーケティングの対象足り得る。なぜなら限られた条件下で数多くのオプションを比較検討し、優先順位を付けることによって行動を最適化・最大効果化しようというのがマーケティングの発想だからだ。

あなたは何歳まで生きてみたいですか?


<mixi日記より転載>
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限界がない思考がもたらすメリット
今、自分自身の行動について「こうしてはいけない」とか「こうあるべきである」といった制約がほとんどないので「こう思われてしまったらどうしよう?」とか「こういうことをするとマズイかな?」といった枠組みを余り考慮することなく行動することができる。有り難いことである。

そうすると、考えるのはいかにスピーディに必要な影響力を行使できる人とジョイントできるのか?という一点に絞られる。で、たいていの場合、そういう流れに沿って出会った人とは相互にニーズとシーズがうまいことマッチしていて仕事が軌道に乗るのがとても速い。それに、最初から利害の一致が見えているので行動原則にブレがない。素晴らしいことである。

そして、そういう関係性は基本的に相互に高めあう方向に働く為、暫くして振り返ったとき、結果としてどこかでお互いが得をしていることが多い。人は不思議なもので、感謝をされるともっと感謝されようとするし、尊敬の念を持つともっと貢献してあげたくなる。そういう関係性を作っている限りは、かなり深刻な事態に陥ってもまず困ることがない。喜ばしいことである。

視野が狭く自己の利益ばかり考えているような人(もちろん自分だってそういう視野狭窄になることはあります)は、たとえ能力が高くて行動力があっても結局そういう関係性を構築できないためある一定の限界以上に仕事の幅を広げることができない。
端から見ているともったいないと思ってしまうのだが、なかなかその思考の限界から逃れられないから、いくらアドバイスをしても無駄どころかかえって煙たがれたりしてしまうので、一定の距離を置いて付き合うというのが良い。なんだかとっても残念なことである。でも、きっと自分だっていつでもそうだったんじゃないか?とも思う。


いずれにしろ自分が早く気が付くしかないのだ。


<mixi日記より転載>
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人生をマーケティングする!
一番相性の悪い他人..ついつい他者の攻撃が楽しくて仕方が無いという人。こういう人に出会うことがたま〜にある。それに、自分だってそういう攻撃的な性格に(マイナス思考で排他的になる)ときもたまにはある。

で、そういう思考法を煎じ詰めるとすると「幸福の総和は限られている」「誰かが幸福になる(例:お金儲けをする)と、誰かが不幸になる」というコンセプトに行き着く。

マーケティング思考の素敵なところは、「弱者には弱者の」「負け組には負け組の」「失敗者には失敗者の」勝ち方、戦略があるんだ!っていうコンセプトだ。

例えば、SWOT分析という割とセオリーチックな考え方(と言うか、道具)があるんだけど、これは「人」でも「会社」でも「国」でも「商品」でも、「強み(ストレングス)」「弱味(ウィークネス)」「機会(オポチュニティ)」「脅威(スレート)」のマトリックスで考える。


そうすると、実は「強み」が「弱味」をはらんでいたり、「弱味」が「強み」の潜在的な可能性を秘めていたり。要は、ある環境の中で生存するうえで、必ずその個体には、生き残って成長を遂げるチャンスが発見できる(可能性がある)ということ。

で、たまたま比喩として「生存」という言葉を使ったんだけど、生態系というのは、どうもそういう所があって、案外「巨大でどう猛な百獣の王」なんていうのは、生存ポジションがきつかったり、生き残り辛かったりする。

つまり、環境は常に変化をするし相互に関連性を持っているから、単純に一見盤石だったり、強みに見えるような能力や背景を持っているからと言って「普遍の強み」を持っているわけではないのだ。
(恐竜全盛時代のほ乳類みたいなモノですな..)


そう考えると、低成長時代に、「自分らしい」価値の発揮の仕方を獲得して、「自分ならではの」付加価値を、智恵次第で実現できるマーケティング的発想方法には、とても可能性があると思っています。

人の人生だって、しっかりマーケティングすれば、もっと潜在的な価値を発揮できるような気がしています。

<mixi日記より転載>

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日本人の好奇心
日本人の好奇心旺盛を「鎖国と好奇心(あるいは覗き見精神)」「海外漂白と外来語文化」「構造的矛盾の無視とシャーマニズム」などの視点で見直した面白い本を近所の古本屋でゲットして来て読んだんだけど、なかなか面白かった(これで50円!)。

キーワードを挙げると「はにかみ精神、伊勢参り、異種婚、鎖国と開国の繰り返し、鉄砲の伝来と伝播、隠れキリシタンの特殊性、緊張構造(社会的矛盾)の無視」などなど。


最近日本の独自性に凄く興味がある。

この濃淡が豊かで、なんでも物神化してしまい、ミニチュア化やデフォルメ、コミカライズやキャラクタライズが大得意で様々な風俗や習慣、表現や方法を自己流にアレンジしてスマートに取り込んでしまう感覚はなんだか凄いのではないだろうか?

これって案外日本の中からは余り見えないんだろうなあ!?根付けとか盆栽とかそういったカルチャーが、実は海外でもてはやされていたりするような、そういうケースはとても多いんだろう。



久々に外に出たいものだなあ。面白いだろうなあ。社会や政治が有している独特の二重性、外と内の使い分けみたいなものも、もっと掘り下げてみたい。

萌え系の表現も50年位すると浮世絵みたいに評価されるときが来るかも知れない。

戦争や民主主義、資本主義などへの独特の反応や受容、取り組みなんていうのも、その(文化的特性の発露の)一環として、いずれ、また今の僕らが思いも寄らないような評価を受けるときが来るかも知れない。


どうやら、開国と鎖国は交互に訪れているようだし、文化的な受容(輸入)と洗練(スタイルの確立)のサイクルがあるようだ。

あと、例えば靖国問題なんていうのも、その独特の文化的スタンスの現れと考えないと、そもそもが矛盾だらけでなかなか解きほぐせない。



そもそも日本文化の統一理論なんて無いんだろうけど、九鬼周造の「いきの構造」みたいな、全部が全部アナロジーみたいな本はアリだと思う。

日々膨大にストックされるブログなんて、そう言う意味では貴重な記録だよなあ。


<mixi日記より転載>

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DSでラブレター?
常用句的な喩えられ方のような気もするのですが、文章術っていうのはセックスになぞらえるとひどくぴったりくる。と、この間書き上げたプレスリリース案に駄目出しをされたときそう思いました。「へたくそ!」って言われてもしょげないぞ!(笑)

のだめカンタービレでオーボエの彼が変身するシーンがあるのですが、最初はすごくぎこちなかったのが恋をすることで桃色オーラを帯びて、そこから俄然奏でる音色がビビッドになるのですよ。
考えてみれば、セクシーというのはどうも最高級のほめ言葉なのではないかって思いますね。車でもオートバイでもセクシーは大切。新幹線やジェット戦闘機でも同様。そして文章も同じく・・。


そのセクシーとはかなり違うんですけどニンテンドーDSピクトチャットの使いこなしアイデア公募で「ラブレターDS」というなかなかグッと来るアイデアがありました。これはかなりイケルと思うんだけど、どうでしょう?

http://touch-ds.jp/htc/2nd_prize2.html
少し変わったラブレターをつくる方法です。
まず太ペンで画面を愛情を込めながら真っ黒に塗ります。(けっこう大変(^^;)
次に文字パネルを使って好きな人への想いを綴って下さい。(この時文字は見えないので打ち間違えないように注意。また文字パネルをタッチする以外の操作はしないで下さい)
完成したら送信はせずに(←ポイント)タッチペンを消しゴムにしてから想いを伝えたい人へDSを渡し、真っ黒な画面をこすってもらいます。
すると消しゴムできれいになった純白の画面からあなたの想いがあふれ出し、新しいラブストーリーが始まります。
 (☆終わってしまう事もあるので十分注意してください。(^^;)

こないだから息子とやっているピクトチャットで英語学習(=パパとコドモの相互学習 by ピクトチャット)は、なかなか良いなあ・・・と、改めてハマっていて、うーん、もうちょっとセオリー化できないかなあ?とか考えているんですけど、DSによる恋愛術っていうのも開拓シガイのあるテーマだなあ。

だって、もしかすると、「最も普及したWiFi端末」になるかも知れないんですからねぇ。でも、コドモとピクトチャットで英語を特訓している限りは、当面「セクシー」とは縁遠そうだなぁ。

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エイゴ漬けで子供の英語学習。「サンキューはアリが10匹!」
最近ハマっている任天堂DSソフト「えいご漬け」。

このソフトはディクテーション。聞き取って書き取るっていうプロセスを繰り返すことで、単語と構文を覚えていくソフトなのですが、息子(=小学二年生)のヘルプをしているとなかなか大変なのです。DSから流れてくる構文を聞き取ってスペルをいちいち教えないといけないのです..。 例えば、

「My brother go to shopping afternoon」
 エム・ワイ・ビー・アール・オー・ティー・エイチ・イー・アール・・・」

こりゃたまらん!と思い、スペルを覚えるように言ってもなかなか難しい..ので、内蔵のピクトチャットを使って単語のトレーニング..。

まずは、「I(アイ)、私ね」(フリーハンドで書いて送信)

「あーいー..わたし、だね」(それをまねて書いて返信する)

「am(アム)、〜は」

「あむ、ねー、あむ」

「a(ア)、ひとりの」

「あ、あ、あ、ねー、ひとりの」

「boy(ぼーい)、おとこのこ..」

「ぼーい、ぼーい、おとこのこか」

「I am a boy(あい・あむ・あ・ぼーい)」

「I am a boy(あい・あむ・あ・ぼーい)」

..って感じで、その場でしゃかしゃか書いた英文を送信→受信してマネして返信→うまく書けてればグッド。駄目なら赤入れして戻す(米PICTCHATは、コピペ機能付き)→だんだん難しくしていく..

ピクトチャットいいデスね。これがなかなかどうして使える相互学習ツールだったのです。しかも、ふつうにタイピング(ペンタッチでね)できるので、コメントを打ち込んだり(むつかしいです!とか、かんたんすぎる!とか打ち込んでくる)、飽きてくると絵解きクイズにしたり..

「THANK YOU!」
「ティー・エイチ・エー・エヌ・ケー・ワイ・オー・ユー」
「どういう意味なの?」
「(しゃかしゃか..アリを10匹書く)」
「ありが10ぴき・・ありが・・・うーん。そうか!『ありがとう!』だ(笑)」

って感じです。かなりベタですが小学二年生にはちょうどよいベタさ加減かと..。

ピクトチャット、使い方次第でまだまだ可能性がありそうです。子供向け「タブレットPC+無線ネットワーク」ってことで。


で、家庭にDSが2台あって、パパと子供が無線で通信できる・・そういう環境ってどうなんでしょうかね?・・と、思って調べてみると、

http://www.nintendo.co.jp/ds/dsconference2006s/index.html

あれ?2月時点で既に600万台越え。1000万台超えもすぐに達成しそう・・。しかもエイゴ漬けは100万本超えが目前ですね。ほぼ、6人に1タイトル!すごいですねぇ。
ワンセグレシーバーとオペラブラウザー(ATOK付き!)も近々に控えており、ますます楽しみなDSなのです。


補足:

DSがPS2を抜いてゲームハードおよびソフトのシェアでトップに返り咲いているらしい。で、任天堂の戦略は明確。「ゲームをやらなかった人たちにゲーム市場に来てもらう」こと。

かつてPSがシェアトップになってからというもの往年の王者任天堂は一度たりともシェアトップに返り咲いたことがなかった。

「For The Rest Of Us」。これはマッキントッシュを送り出した際、海賊を旗を振りかざしたジョブズが唱えた呪文のキーワードだ。

ゲームがどんどんマニアックに、高度に、洗練、専門化していく中で、DSは今までの垂直市場でのスペック競争とは異なった競争軸で新市場を切り開く覚悟をDSのダブルスクリーン+ペンオペレーションに込めた。 その「新市場開拓」戦略遂行の中で顕著だと思える成果は..

・女子低年齢層への浸透(日常的に見慣れたけどDSの顕著な普及傾向)。
・ワイファイ環境の普及(既に90万人が利用。おいでよどうぶつの森が起爆剤になったと思われる)。
・すれ違い通信と呼ばれる新しいプレイスタイルの提案が受け入れられつつある(NINTENDOGが端緒)。
・ミリオンセラーになったソフトの半数近くが非ゲーム提案商品。

など。

ダブルスクリーン+ペンオペレーションというインターフェイスの革新が新しいサービスと新しいユーザー層を開拓している。
オペラブラウザーやワンセグレシーバーなど、新しい仕掛けも含めて目が離せない任天堂の動き。ウェブ2.0世代に於いては、PSPが提供しようとしているマルチメディア端末的な動向の方が(RSSチャネルとかね)目に入りがちだと思うのですが、DS、面白いですよ!


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言葉はソフトウェア
言葉って言うのはソフトウェアのようなところがあってどういう言葉をインストールするかによって行動がはっきり変わってくる。

ポジティブな言葉を口癖にしている人と、ネガティブな言葉を口癖にしている人とでは、思考パターンも行動パターンも違ってくる。

言い続けることで変わることはとても多い。それによってジブンが変わるだけではなく、自然とそれを聞く側もその言葉によって反応が変わるし、見る目も変わってくる。
だから、気が付いたときには、会話の内容だけでなく対応や処遇も変わっている。

いい言葉にはいいことが連鎖するし、悪い言葉には悪いことが連鎖する。いい言葉を発する人にはいい言葉を発する人が近づいてくるし、悪い言葉を発する人には悪い言葉を発する人が近寄ってくる。もしかすると悪い口癖は生活習慣病のようなもので、気が付かない内に蝕まれている可能性が高いし自覚症状もない。

やりたいことを実現させるためには、まずそれを実現させるんだってことを言葉にしてみるのが有効だと思う。
ピンチになればなるほど「越えられないトラブルは起こらないしこれを乗り越えられるとジブンは得難い経験を得られるんだ」と言葉にしてみる。そうすると案外解決策が浮かんだり、意外なところから抜け道が見つかって驚く。

まずは運を頼みに、確信もなく行き当たりばったりでやるよりは必ず出来るんだと信じ込んでみることが凄く大切な気がする。非常に少ない可能性であっても、その糸口をたぐっている間に(思いがけずに)身近な所に突破口になる人がいたりする。でもそういう出会いも、ずっと熱心に思い続けることで初めて生まれた出会いだったりする。

しかも、それで協力を求めて相談に出掛けるとちょうど都合良く先方もたまたま良い話、良い繋がりが生まれた時機だったりする。

簡単に出来るセルフトレーニングとして「ポジティブな言葉しか口にしない」というのは案外効果的かも知れない。日頃の口癖を意識的に調べて、実は、ネガティブな言葉ばかりを口にしていないか振り返ってみるのもいいと思う。言葉を意識的に使い分けてみるだけでジブンの能力をいきなり拡張できるなんて、物凄く投資対効果が高いと思う。

良い結果というのは意識的に作るモノで、偶然にそうなってしまう物ではない。結果がいきなり目の前に現れることはなく、どちらかというとそうなるようにしくんだ結果が成就しているに過ぎない。逆にそういうプロセスを経ないとビジネスにはなりにくいし、そもそもビジネスと言えないと思う。

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良い会社はさらに良く、駄目な会社はさらに駄目に
前回の大手書籍流通向けプレゼン(コミュニティ出版案)は成功。早速取りまとめ中。先日のIT企業向けプレゼン(新しい出版形態の提案)も、初回面談のインプレッションとしてはまずまず(の筈)。

いずれもそれぞれの領域ではナンバーワン。問題意識が明確で交渉のステップが速い。判断基準がはっきりしていてカードの切り方がスムースだから、企画提案もしやすいし事業化も落とし所が見出しやすい。

今、手元で進めている幾つかのプロジェクトがうまい按配に連動できそう。ブログコミュニティのエコ生態系をいかに構築できるか?要点はそれだけ。入力と出力を接続していかに流動させていくのか?だけ。


コンサル案件と言うのは、実はイケテイル会社でしか成立しないのか?

イケテイナイ会社と言うのは、「強味が無い」「問題意識が曖昧」「積極性が無い」「攻め手が無い」「弱気」「独りよがり」「戦略眼を欠いている」「投資感覚が無い」「学習意欲が薄弱」「チャンスが見極められない」「他に流されやすい」「自主性・独自性が無い」「根拠の無い自信に支えられている」「いつかなんとかなると思っている」・・そんな感じ。

なので、そもそも戦略性のある企画提案を喩え受け入れたとしても、それを実施できる下地が当初から無いのだ。
そういう企業には何を提案しても無駄。それこそ全コケして一からやり直すくらいの気概・気迫が無い限りは何も動かない。せいぜい気休め・安心材料に使われるのがいいところ。でも、これってコンサルのジレンマですよね。駄目なのを何とかする筈の仕事なのに、なんとかする気力体力が無い場合には、そもそも仕事として一切成立し得ない。


視点を切り替えるだけで(ピンチの連続こそ)チャンスの宝庫なんだと気づいて欲しい!気づきが無い限りいつまでたっても何も変わらない。それは、ただの時間の空費なんです。いや、コストは毎分毎秒垂れ流している訳ですから、むしろマイナスですね。

仮に存続できていれば良いという程度の感覚だと、すぐに淘汰されるでしょう。

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